木走氏自身のリテラシーに疑問を抱かざるを得ない

体調不調のため、構成が雑然としている部分がありますがそのままエントリーします。
ご容赦を。

はてなブックマーク > 木走日記 - 日本国民に告ぐ。日本男児の血の叫びを聞け。〜「百人斬り競争」野田元少尉の手...

2006年08月08日 swan_slab ”百人”を検証する過程で明らかになってきたことは、記事どおりの事実ではなかったとしても、やっぱりそれなりの蛮行だったらしい、ということではないの?


つまり、N少尉の手記の以下の部分は「ウソ」であろう、という疑義が生じているのである。

 只、今般中国の裁判に於て俘虜住民を虐殺し南京屠殺に関係ありと判定させられましたことに就ては私は断乎無実を叫ぶものであります。

 再言します。私は南京に於て百人斬の屠殺をやったことはありません。此の点日本国民はどうか私を信じて頂きます。

したがって、
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060809/p2でApemanさんが指摘しているように、

すでにコメント欄でも同趣旨の指摘があったが、この手記を手放しで賞賛できるのは、N少尉の無実を前提とした場合のみであろう。


となる。
これに対し、木走氏は以下のように述べ、N少尉が捕虜殺害を行ったのに「殺害していない」という「ウソ」をついた、という可能性を全く考慮していない。

「百人斬り競争」の真偽が裁判にまで取り上げられてきたわけですが、私にすれば当時からメディアの報道などいいかげん極まりないわけですから、本人も認めているとおり「冗談話をして虚報の武勇伝を以て世の中をお騒がせ」したのがもっとも実態に近いのではないかと思います。

 戦時のことですから当人達も「虚報の武勇伝を以て」母校で自慢したりもしたことでしょう。また、100人はともかく似たような修羅場があったことも否定はできないでしょう。

木走氏はこのように捕虜殺害の可能性をまったくスルーしている。
その結果N少尉をイノセントな存在とみなし、そのうえで手記の内容に感動しているわけだが、この手記自体に「ウソ」があるかもしれないという「留保」がない。
なぜ、「留保」がないのだろう。

N少尉が地元の学校で、実は捕虜殺害だったと公言していたことは、秦郁彦氏のヒアリング調査によって疑いなきものになっている。
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=one;no=2632;id=sikousakugo#2632

野田が鹿児島を訪問したのは三九年五月に戦地から岐阜へ帰り、八月に北朝鮮の会寧へ転勤した合い間の七月で、鹿児島一中、付属小、それに父が校長をしていた田代小学校と少なくとも三ヵ所に顔を出したようだ。その時、鹿児島一中の三年だった日高誠(のち陸士五十八期を卒業)は、野田が全校生徒を前に剣道場で捕虜の据え物斬りの恰好をして見せたのを記憶している。彼は違和感を持ったが、あとで剣道教師からも「とんでもない所行だ」と戒められたという。

 どうやら一般住民はともかく、野田が白兵戦だけでなく、捕虜を並べての据え物斬りをやったと「告白」したのは事実らしい。


以下、私見
・N少尉=イノセントというのは、実は百人斬り裁判の原告側がふりまいている「イメージ流布」ではないのか。
・木走氏はそのイノセントなN少尉イメージを無批判に受容しているのではないか。
・「月刊WiLL」記事自体が、「イノセントなN少尉」イメージの(原告側による)流布なのではないか。
・それに乗っかってしまうのは、メディア・リテラシーとしてはどうなのだろう。

現時点では、木走氏自身のリテラシーに疑問を抱かざるを得ない。